待ち合わせはザ・リッツ・カールトン東京で

アンケート

スポンサーリンク

不思議な出会いはどこにでもある

仕事を終え、帰宅する。

ただそれだけの毎日が続いていたある日。

上司に理不尽な言い掛かりをつけられ、その日は気持ちが酷く沈んでいた。

いつもなら仕事場の恵比寿からそのまま電車で帰るのだけれど、

その日はどうしてもまっすぐ家には着きたくなかった。

私は、電車に乗ってからも抱いていたモヤモヤを吐き出す為に、

思い立ってすぐに電車から降りる事にした。

降りた駅は六本木だった。

時間は夕方の18時。

「これからどうしよう」

心の中でそう呟いた。

六本木には買い物で何度か来た事がある程度。

土地勘なんて全くないし、行き着けのお店なんて一つもない。

ネットで色々検索してみたけれど、これと言ってピンと来たお店もなかった。

一先ず自分が何度か足を運んだ事があるミッドタウンへと歩いていく。

外はまだまだ残暑で蒸し暑くて、地下からゆっくり行けるのも選択した理由の1つ。

動く歩道に乗っている間も、

どこか落ち着いて食事が出来るお店がないかなと探してみる。

結局、見つからないまま、東京ミッドタウンに着いてしまった。

東京ミッドタウンは平日だと言うのに、多くの人で賑わっていた。

私みたいに一人で来ている女性はあまり多くない。

勿論、スーツの人はチラホラ見掛けるけれど、皆帰りを急いでいるか、

誰かを待っている様子で、

椅子やベンチに腰かけてキョロキョロしながらスマホを弄っている。

東京ミッドタウンには、雑貨を買いに来た事しかない。

レストランが沢山あるイメージは持っていたけれど、

一度もちゃんと覗いた事はなかった。

「どれくらいするんだろう?」

時間は丁度ディナー時。

あまり悠長に構えていると並ぶ羽目になるかもしれない。

近くにあるイタリアンのメニューをパラっとめくる。

「コース7,000円!?高っ」

勿論、なんとか声には出してないけれど、

思わず出そうになってしまった。

外食なんて恵比寿の路地の焼鳥屋さんとか、

ビアレストランとか、それくらいしか普段行かない私にとって、

1人だけの食事に7,000円も費やせる程、

精神的余裕も金銭的余裕も持ち合わせていなかった。

「これが六本木かぁ・・・」

私は上司からの洗礼だけではなく、

六本木からの洗礼も浴びてしまって、半ば放心状態だった。

「お酒飲みたかったけど、この値段じゃ無理だわ・・・」

トボトボとミッドタウンをウロウロする。

Chowder’s SOUP & DELIやDEAN & DELUCAを覗いてみたものの、

既に多くの人で賑わっていて、すぐには入れそうにない。

並んでまで食べる気には到底なれなかった。

「あ、スーパーがある」

ミッドタウンにスーパーがあるなんて思ってもみなかった。

でも、よくよく考えたらビジネス街でもあるのだし、

スーパーがあっても何も不思議じゃない。

「とりあえず、おにぎりか何か買おう」

おにぎりを一つだけ購入し、どこか座れる所はないかなと探す。

地下にもベンチやテーブルはいくつかあったけれど、

生憎どこもいっぱい。

仕方なく地上へと出て、偶々目の前で空いたテーブルに滑り込む。

買ってきたおにぎりのビニールを剥がした。

「折角、六本木に来たのに、おにぎりか・・・」

冷えたおにぎりは、私の身体と心を一段と冷たくした気がする。

出来るだけゆっくり食べていたはずだけれど、

小さなおにぎり一個はあっという間に無くなってしまった。

「帰るしかないかな」

そう考えながらスマホをボーっと眺めていた。

「あの」

ふと男性の声が聞こえた。

誰かに話し掛けている様だ。

六本木でもナンパってあるんだなぁ。

「もし、お時間あったら、一緒に飲みませんか?」

スタンダードな誘い方だけれど、品がある声だなぁと思った。

一体どんな人だろうとスマホから目を外し、顔をあげる。

彼は明らかに、私の顔を見つめていた。

「え?」

思わず声が漏れてしまった。

まさか、誘われているのが自分だなんて、

思ってもみなかった。

「わ、私!?」

「はい。もし良ければ、ですが」

六本木の、しかもこんな場所でナンパをされるとは思わなかった。

それも凄く紳士的なナンパを。

どうしよう。

私は凄く困ってしまった。

ナンパってあまり良い印象がなかったから。

普段外食をする恵比寿でもナンパをする人は結構多い。

しかし、私が行く様な場所では、

品の良いナンパをする人は誰一人としていなかった。

改めて誘ってきた彼を見る。

服装はスーツではないけれどキレイめな格好。

ジャケットの上からでも、適度に絞った身体だと判る。

顔もイケメンってワケじゃないけれど、優しそうな性格が滲み出ている。

でも、何で私に?

色々考えを巡らせている私を見て、彼は気を使ったのか口を開いた。

「本当は友達と飲む約束だったのですけど、

その友達が仕事で来れなくなってしまって。

1人で過ごすのは嫌だなと思っていた時に、

あなたをお見掛けして思わず声を掛けたんです。

もし良ければ、ですが」

このまま一人で過ごすには辛かったし、

丁度良いかもしれない。

ちょっとした冒険心とイタズラ心で、私はこう彼に返した。

「奢ってくれるなら!」

「僕が今から行く場所で良ければ。すぐ近くなんですけど」

私はおにぎりが入っていたビニール袋を近くのゴミ箱に捨てると、

彼の後に続いた。

一体彼はどこへ向かうのだろう。

彼は私の座っていたテーブルから程近い、

すぐ近くの建物の入り口へと歩いていった。

私はその入口をポカンと見つめる。

「行く場所ってもしかしてここ?」

彼は慣れた様に私を案内する。

私は少し緊張しつつ、そして警戒しつつ彼の後に続いた。

連れていかれた場所は・・・

エレベーターがどんどん上昇していく。

私の胸の高鳴りも、それと同じ様にどんどん上昇する。

「僕、斎藤和也って言います。お名前は?」

「三橋千尋です」

「千尋さんですね」

お互いの名前を確認している内に、エレベーターはあっという間に目的の階数へ。

扉が開き、彼が私に先に降りる様手を差し出す。

私はそれに従い、キョロキョロと見渡しながらエレベーターを降りた。

彼がロビーへと歩き出す。

ロビーラウンジも景色が良いですよ」

「わぁ・・・凄い」

私は初めて、このザ・リッツ・カールトン東京に足を踏み入れた。

それは紛れもなく高級ホテルの雰囲気だった。

私がアフタヌーンティーで行った事のある

恵比寿のウェスティンも豪華な雰囲気だったけれど、

それとはまた違った高級感。

思わず声が漏れてしまった。

ロビーラウンジの奥には夜景が広がっていて、

もっと近くで見ていたい気持ちで溢れた。

こんなオシャレな所で食事したりお酒が飲めるなんて、

今日は凄くラッキー!

そんな事を私は思っていた。

もしかしたら、顔も多少ニヤけていたかもしれない。

「でも、僕達が行く場所はここじゃないんです」

「え?」

彼は更に奥へと歩を進める。

レストランかバーにでも行くのかなと私はドキドキしていた。

奥に進むと、初めに乗ったエレベーターとは違うエレベーターが見えてきた。

これって、客室用のエレベーター?

私は急に怖くなってきた。

もしかして、彼は凄く悪い人なのではないかと。

持っていた鞄をギュッと強く握る。

エレベーターの階数は53を差していた。

先程とは違い、彼が先に降りていった。

私も恐る恐るエレベーターを降りる。

あれ?客室階じゃない?

彼はそのまま道なりに歩いていき、何やら受付で誰かと話をしている。

私もゆっくりと歩いていく。

すると入口に、お店の名前らしい表札が見えた。

クラブ、ラウンジ?

私のドキドキと疑心は、全くの勘違いだった。

カバンを強く握っていたのが急に恥ずかしくなった。

入口で俯き加減になっている私に、彼がゆっくり近付いてきた。

「奥の席が空いてるそうだから、折角だからそこにしよう」

彼は私を奥へと促す。

コンシェルジュの方が、私と彼を奥の席へと案内してくれた。

「シャンパン、ワインがございますが、初めはいかがなさいますか?
カクテルがご所望でしたらカクテルもお作り致します」

「僕はシャンパンで、彼女は・・・あ、お酒大丈夫ですか?」

聞くのを忘れていたと苦笑いを浮かべる彼を見て、

私の緊張も少し解れた気がした。

「私もシャンパンで」

かしこまりましたと告げ、

コンシェルジュは私たちのシャンパンを準備に掛かった様だった。

「下のラウンジも素敵だけれど、
折角クラブラウンジが使えるなら、使わないと勿体なくて」

「ちょっとビックリしました。でも、素敵なところですね!」

「ここなら、お金も気にしなくていいしね。貧乏くさいけれどさ
奢りって感じはしないけれど、千尋さんもその方が気楽に楽しめるでしょ」

彼は照れ笑いを浮かべる。笑顔が素敵な人だなと思った。

「じゃぁ、シャンパン一本開けちゃっても良いんですね?」

「酔い過ぎないでくださいよ。一応ホテルなんですから」

「もう、冗談ですよー」

やがて、2人のテーブルの前にシャンパングラスが並べられた。

シャンパンが注がれ、キレイな泡がグラスに立っている。

「付き合ってくれて有難うございます」

「こちらこそ。有難う」

「乾杯」「カンパイ」

出会いなんて、私には無縁のものだと思っていた。

ましてや、こんな出会い方なんて。

いつか、またここで会いたいな。

今度は、私が先に来て。

彼をここで待ち合わせる様な。

そんな日が来るのを心待ちにして。


TOP