思い出はホテルに置いていって1

アンケート

ホテルを選ぶ際に大事な要素は?(複数回答可)

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「やっぱり綺麗だな」

テラスの椅子に座ってアキラはそう呟いた。

丸の内の夜景はいつ見ても素晴らしい。

テーブルには家から持ち込んだワインが、ワインクーラーに冷やされている。

イタリア産の赤ワイン。

赤ワインを冷やして飲むのがいつものパターンだ。

グラスを少しだけ傾ける。

まだ冷えがたりないのか、ほんのりと冷たい程度だ。

「もっとキンキンに冷やしていたっけ」

アキラがこのホテルに最後に来たのは5年程前の事だ。

初めはヒカリにせがまれて、このホテルへ泊まる事に決めた。

それがいつしか毎年の恒例行事の様になり、

ほぼ同じ月、同じ日に宿泊する事が多くなった。

ホテルも気を利かせてか、アキラからの予約が入ると、

態々同じ部屋をキープしてくれる様になっていた。

最上階の3つ下。エレベーターから3室程離れたこの部屋が、

二人にとっての特別な場所となっていた。

ヒカリとアキラが出会ったのは今から15年前の事だ。

大学のサークルの歓迎会で隣になり、何となく連絡先を交換したのが始まり。

単純に言えば、アキラの一目惚れであった。

迷いに迷った挙句、友人の後押しもあって、ヒカリにアタックした。

初めは全くつれない態度を取っていたヒカリだったが、

出会いから1年以上経って、いつしか二人は付き合う事になった。

付き合ってからアキラは知るのだが、

ヒカリがつれない態度を取っていたのは態とだったそうだ。

ヒカリ自身、アキラの事は良い人だなと思っていた。

しかし、簡単になびいては軽い女だと思われるかもしれないと、

ヒカリはヒカリで葛藤があったそうだ。

ヒカリがアキラにそう打ち明けた日。

二人は揃って一晩中笑いあった。

自分達は初めから、お互いに思い合っていた事を知った。

こんなにも付き合うまで時間が掛かったのがバカみたいだと笑いあった。

いつしか、二人は同棲する様になった。

初めこそ、楽しい生活は続いたが、

やがてマンネリを感じる様になり、お互いの関係もギクシャクしだした。

社会人となったアキラは、毎日忙しく働き、

帰宅時間もバラバラでヒカリと会話する頻度も徐々に減っていった。

ヒカリはと言うと、夢であったインテリアデザイナーを目指し、

勉強とアルバイトに明け暮れていた。

ヒカリの方が幾分か現実的であった為、

このままだと二人の関係性は崩れるだろうと思い始めていた。

そこでヒカリが考えたのが、年に1度の旅行だった。

年に1度、自分が行ってみたかったホテルに泊まる。

二人にとっては金額的にかなり負担にはなったが、

年1回だけという事もあり、二人して節約する生活が始まった。

お互いに共通の目標が出来ると、ギクシャクしていた関係性は、

まるで嘘だったかの様に、以前にも増して仲良くなっていた。

そして訪れた、二人で初めてホテルへと宿泊する日。

二人は東京駅に降り立っていた。

地下通路からホテルへと向かう。

パレスホテル東京。

都内でも有数の高級ホテルだ。

アキラは手にじんわりと汗を感じていた。

予約したのもホテルを決めたのもヒカリだったので、

アキラ自身はそのホテルに対してあまり情報を得ていなかったのだ。

「思ってた以上に・・・スゴイね」

「ほら!アキラくん、緊張してたら格好悪いぞ!大人でしょ!」

ヒカリが笑いながらアキラをからかった。

「よ、よし」

アキラは若干、いや、かなりキョロキョロと目線を動かしながら、

何とかロビーフロントを発見した。

「予約していた、タナカ、アキラです」

「タナカ様ですね。お待ちしておりました。
本日はクラブフロア、2名様のご予約でお間違いないでしょうか」

「は、はい!」

緊張のあまり、思わず少し大きめに返事をしてしまう。

後ろでは、その様子を見たヒカリが笑いを堪えている。

コンシェルジュが二人を客室へと誘う。

アキラは変わらず緊張が隠せない。

ヒカリはと言うと、アキラから見れば随分慣れた様子だ。

アキラはそのヒカリの様子に少し不安を感じた。

もしかして、ヒカリはこういう場所に慣れているのだろうか。

コンシェルジュが二人を客室に案内し、一通り設備の説明を行ってから、

折り目正しく部屋を後にした。

アキラは思わず深く息を吐いた。

そして、先程から疑問に思っていた事を、少し口を尖らせながら思い切ってヒカリに尋ねた。

「どうしてヒカリはそんなに慣れた感じなんだよ」

アキラのあまりの表情と口ぶりに、ヒカリは今まで堪えていたものがついに溢れ出した。

「私だって初めてだよ。でも、アキラくんがあまりにも緊張してるから、
私まで緊張したらおかしいじゃん。
それにね、アキラくんの顔見てたら、わたしの緊張なんて吹き飛んじゃった」

ヒカリはベッドに倒れ込みながら笑い転げた。

その様子に、自分はどれだけ緊張が顔に出ていたのかと
アキラは猛烈に恥ずかしくなってきた。

アキラはヒカリに改めて尋ねた。

「おれ、そんなに緊張してるの顔に出てた?」

「超出てた」

ヒカリはお腹を抱えて未だに笑い転げている。

「笑い過ぎだよ」

照れ隠しだがアキラは少し強めに注意する。

「ごめんごめん。だってあまりにもおかしかったから」

アキラもヒカリの隣にベッドへと倒れこむ。

そんなアキラの頭を、ヒカリは優しく撫でた。

「良く頑張りました」

「バカにしやがって」

「だからごめんってば」

ヒカリはまた、今にも笑い転げそうだ。

流石のアキラもヒカリの楽しそうな雰囲気につられて思わず笑ってしまった。

「笑いすぎだって!」

「あははは」

この光景こそ二人の関係性を象徴するものだ。

アキラの悪い所をヒカリが補う。

ヒカリの快活な面をアキラは心から受け入れる。

二人は丁度いいバランスで成り立っていた。


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思い出はホテルに置いていって2
ヒカリがコンシェルジュから受け取ったクラブラウンジの紙を眺めている。 アキラが隣から覗き込んだ。 「何それ?」 「クラブラ...

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