思い出はホテルに置いていって3

アンケート

「もう少ししたらさっきのラウンジに戻ってみようよ。

イブニングカナッペっていうのがあるんだって」

「イブニングは判るけど、カナッペって何?」

「んー。おつまみみたいヤツかな」

イブニングカナッペの時間帯を待って、
少し早めに再びクラブラウンジへと二人はやってきた。

「わー。沢山食べ物が出てる。

でもアキラくん、食べ過ぎたらダメだからね。後飲み過ぎもダメ!」

ヒカリがここまで口うるさく言うことは珍しい。

「わかったわかったって」

アキラはヒカリの剣幕に少し押され気味になった。

それにしても、お酒好きなアキラにとっては夢の様な光景だ。

美味しそうなお酒に美味しそうなおつまみ。

これが全部自由に食べていいとなると、もし一人で来ていたら、

それこそバイキングの如く片っ端からお皿に盛っていた事だろう。

二人は一通り食べ物やお酒を見まわし、初めに訪れた時と同じ様に、

特に気になったものだけをお皿に盛っていく。

何ともお上品なお皿が2枚、二人の席に置かれた。

「窓際じゃなかったから、後でテラス出てみよっか」

「そうだな」

二人はコンシェルジュにシャンパンをお願いする。

ヒカリも、割とお酒がいける口なのだ。

「ひとまず、お疲れ様でした」

「お疲れ様」

グラスを軽く合わせる。

心地よい音が二人の耳にだけ響いた。

「あんなに沢山あるのに、ちょっとだけ楽しむっていうのが貴族の嗜みよ」

ヒカリは上品ぶって言ってみせる。

「何のキャラクターなんだよそれ」

「イメージはマリーアントワネット」

「マリーアントワネットはもっとワガママ放題だと思うぞ」

「でも一応は貴族でしょ」

「マリーアントワネットなら絶対バイキングみたいに取ってるって。

で、こういうんだよ。

“カナッペがなければケーキを食べればいいじゃない”ってさ」

他愛ない会話も、こういう場だからこそ、不思議と楽しい会話へと変わっていく。

アキラが普段こんな風にとぼける事なんて今まで殆どなかった。

ヒカリはその様子にアキラも楽しんでくれているんだと、心底ホッとしていた。

実は、ヒカリもずっと不安だったのだ。

こんな高いホテルを選んでしまって、アキラに負担が掛かっていないか。

本当にアキラも一緒になって楽しんでくれるかどうかを。

漸く、ヒカリは胸を撫で下ろした。

シャンパンとカナッペを堪能した後、二人はテラスへと足を運んだ。

テラスから見る皇居を含めた東京近郊の景色は、また格別だった。

「キレイ!」

とハッキリ声に出すヒカリと、景色を噛みしめる様に眺めるアキラ。

反応が対象的なのが如何にも二人らしい。

するとヒカリが矢庭に、

「じゃぁディナーに行こっ」

とアキラを誘った。

アキラはポケットをまさぐり、しっかりと財布がある事を確認する。

ここからは男の見せ所だ。

しかし、アキラの気負いとは裏腹に、ヒカリはエレベーターで自分達の部屋の階数を押した。

アキラは忘れ物か何かかと、特に疑問も持たず後をついていく。

ヒカリは部屋の前に立ち止まり、アキラに先に部屋へ入る様に促す。

二人共中に入り、ヒカリは扉を閉めてこう宣言した。

「今日のディナーはこのお部屋で楽しみます!」

アキラは言っている意味が理解出来ず、

「へ?」

と聞き返す。

ヒカリは自分のカバンから、

お手製のサンドイッチや高級スーパーで買ってきたおつまみを取り出した。

テーブルへ楽しそうに並べるヒカリを見て、アキラも漸く理解した。

「考える事は同じだな」

アキラはそう言うと、自分のカバンからヒカリが大好きな銘柄の赤ワインを取り出した。

「本当は、ご飯食べた後に出そうと思ってたんだけど」

「わ!これわたしが好きなヤツじゃん!有難うー!でもコレ今から冷やさなきゃね」

冷蔵庫へ入れようとするヒカリを後目に、アキラはどこかへ電話している。

どうやらコンシェルジュに繋いだ様だ。

「すいません、氷とワインクーラーって用意して貰えたりしますか?
有難うございます。お願いします」

「なるほど!アキラおっとな!」

「調べたんだよ」

照れながらそう答えるアキラ。

ヒカリは今日一番の笑顔を見せている。

程なくして、コンシェルジュが部屋にクーラーと氷を持ってきてくれた。

早速、テーブルの上に置き、ワインをクーラーへと入れる。

その間にも、ヒカリは持参したおつまみを手際良く並べていく。

ふと顔を見合わせる二人。二人とも突然気恥ずかしくなった。

「ワイン、入れよっか」

「そうだねっ」

ワイングラスに深紅の液体が注ぎ込まれていく。

「じゃ、改めて、乾杯!」

「乾杯」

二人は言葉通り、改めてグラスを重ね合わせた。

心地良い音が室内に響く。

「うん!やっぱりこのワインは冷やした方が美味しいね」

「そうだなー」

サンドイッチやチーズ、薄切りのハムを肴に、
思い思いのペースでワインを傾ける。

その光景は、二人にとって、特別なモノになっていた。

アキラはそれまで何となくソワソワしていたが、ふと思い立って、

ずっと閉じたままにしていたナイトブラインドを上げた。

「ねえ!折角だからテラスで飲もうよ!」

「よし、じゃぁグラスはヒカリが持っていって。俺ワイン運ぶから」

2人はテラスへと歩み出た。

「わぁ!」

昼間は気付かなかったが、そこから見る夜景はまさに絶景だった。

「東京って、高い所から見ると本当にキレイだよね」

「下で歩いてると、それには全く気付かないのに。不思議だよな」

ヒカリが大好きな赤ワインを、この豪華なホテルで楽しむ。

それだけでも、この一日の為に頑張った甲斐があったというものだ。

アキラはヒカリの喜ぶ顔を見る事が出来、心底嬉しくなった。

毎年、この顔が見たいな。

アキラの心に、そんな感情が湧いたのはこの時からだった。

それから毎年の様にアキラとヒカリはこのパレスホテル東京に訪れていた。

それも、決まった月、決まった日に。

二人にとっては、たった年に一度の滞在だった。

でも、かけがえのない一日でもあった。

過ごし方は毎年同じ過ごし方だった。

それで良かった。

それが良かった。

二人にはそれが一番の過ごし方であり、

一番の思い出であり、

一番のホテルライフだった。

アキラはテーブルに置かれたもう一つのグラスにワインを注ぐ。

今度は先程と違ってキンキンに冷えている。

「ヒカリ。君がいなくなって5年が経ったよ」

アキラはテーブルに置かれたグラスに、自らのグラスを重ね合わせる。

5年前より、少し重い音が部屋に響く。

重く。

悲しい音が。

「俺は全然、大人になれないよ」

アキラはもう一度グラスを傾ける。

さっきとは違う味が、アキラの舌を通り過ぎた。

アキラが座る席の向かいに、ヒカリはいない。

5年と3か月前、ヒカリは癌により他界してしまった。

アキラの生活は、ヒカリがいなくなってから荒れに荒れ続けていた。

もう、生きる事すら、疲れ始めていた。

そんな時、身辺整理も兼ねて部屋を整理していた時、

一通の手紙をアキラは見つける事になる。

それが、ヒカリからの最後の手紙とは知らずに。

「アキラくんへ。

これを読んでる時に、わたしはもしかしたら居ないかもしれない。

だからこそ、ちゃんとこの手紙をしっかりと読め!

わたしはアキラくんと一緒で楽しかったぞ!

わたしがおねだりしたホテル。

毎年凄く楽しみだったぞ!

だから、わたしからのお願いだ!

わたしがいなくなって。

アキラくんに新しく好きな人が出来たら(っていうかさっさと作れ!)

わたしとの思い出はあのホテルに置いていって!

いつまでもわたしなんかに甘えるな!早く大人になれ!

わたしは、もう十分楽しかった!

これだけ!マークをつけさせたんだから、これ以上言わなくてもわかるだろ!

わたしは。わたしは。本当に、楽しかった。

だから、もうわたしを心配させないで。

早くわたしとの思い出を上書きしてね」

「ヒカリ。このホテルにヒカリと来るのは、今年で最後だよ。

来年。やっと上書きが出来ると思う。多分だけど。

ごめんな。こんなに長く掛かって。

5年も掛かって。ホント。ごめん」

アキラはその日、久しぶりにホテルに訪れたが、

クラブラウンジにも、プールにも寄る事はなかった。

アキラは本当に、最後だと決意していたからだ。

その日1日、アキラは客室から出る事はなかった。

ヒカリとの思い出を思い起こす様に、噛みしめる様に、

そして、全て終い込む様に。


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